朝、目が覚めた瞬間から、胸の奥にずしりとした重みがあった。
まるで心臓の代わりに石を抱えているような、そんな感覚。布団の中はぬくもりがあって、ほんの少し安心できるけれど、それ以上に外の世界の冷たさや、今日一日に待っている「何か」が怖くて、布団から出るのがとても難しかった。
目覚まし時計は何度も鳴ったけれど、止めてはうとうと、また目が覚めては現実に打ちのめされる、ということを繰り返した。
最終的に起き上がれたのは昼前。
時計を見て、「またこんな時間か…」と呟いてしまった。
毎日のように自己嫌悪のスタートラインに立たされているような気がする。
起き上がったあとも、しばらくはソファに座ってぼーっとしていた。
テレビをつける気にもならず、スマホを見るのも億劫で、ただただ沈黙と自分の呼吸だけがそこにあった。
外からは車の音や、近所の子どもの声が聞こえてくる。
でも、それらは遠い世界のことのように感じられた。
自分だけが時の流れに取り残されている感覚。
焦りと諦めが同居していて、気づけばため息ばかりついていた。
昼食は食べる気になれず、結局ヨーグルトをひとつ食べて済ませた。
食欲がないというよりも、作る気力も、食べる意味も見いだせない感じ。
こういう日が続くと、体力もどんどん削れていくのがわかる。
でも、わかっていても行動に移すエネルギーが湧いてこない。
これが「うつ」なんだと、改めて実感する瞬間だった。
午後になってから、少しだけ日記を書こうと思い立った。
こうして自分の感情や状況を言葉にすることで、ほんの少しだけでも整理できるかもしれないと思った。
でも、実際に書き始めるまでが長かった。
パソコンを開いて、白い画面と向き合って、しばらくはただそのまま何もできなかった。
言葉が浮かばないのではなく、「この言葉に意味はあるのか」「誰が読んでくれるわけでもないのに」と、そんな無力感が邪魔をする。
それでも、今こうして少しずつ文字を打てているのは、きっと心のどこかに「助かりたい」という気持ちがあるからなのかもしれない。
ほんのわずかでも前に進みたい、今のこの重さから少しでも逃れたい、そんな希望が、指先を動かしてくれているのだろう。
外は曇り空。まるで自分の心を映しているかのようだった。
晴れ渡った空が羨ましいけれど、今の自分には、曇りがちょうどいいのかもしれない。
眩しすぎないし、影の中に安心できる気がするから。
夕方、少しだけベランダに出てみた。
冷たい風が頬に当たって、ほんの少しだけ「生きている」という実感が湧いた。
風の音、遠くで聞こえる犬の鳴き声、空の色の移ろい。
そんなささいなことが、ほんのわずかに自分の世界を彩ってくれる。
気づけば5分以上、外に立っていた。
これも、今の自分にとっては小さな「成功体験」だと思う。
夜は、なんとかレトルトのお粥を温めて食べた。
味はよく覚えていないけれど、「ちゃんと食べられた」という事実が、自分を少しだけ支えてくれている。
寝る前には、音楽を聴こうか、少しだけ漫画を読もうか、それともまたぼーっとしながら布団の中に入ろうか…。そんなことを考えている。
今日という一日が、何か特別だったわけではない。
でも、生き延びたという事実がある。
それだけで、今日は十分だったのかもしれない。
苦しくても、何もできなくても、こうして夜を迎えることができた。
それは、とても大切な一歩。
明日も、たぶん同じような一日かもしれない。
でも、今日の日記が、未来の自分にとっての「証」になればいいと思う。
「あのときも頑張ってたんだな」と思えるように。
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うつの時ってひとりではどうにもならないよね
私は大変だったんだ