『底なし沼の街で』
かつて、ある場所に「底なし沼の街」と呼ばれる場所があった。
人はそこを通り過ぎることがあっても、長く留まる者はいなかった。
理由は単純で、そこに住んでしまうと、二度と外に出られなくなるからだ。
その街に、一人の旅人が迷い込んだ。
名前はもう思い出せない。
ただ、彼がそこに入ったとき、空は灰色で、風は重く、どこか懐かしい哀しみが街の隅々にまで染み渡っていた。
最初の数日は、「通りすがりだ」と彼は思っていた。
ちょっと休んだらまた歩き出せると。
しかし、足は動かない。体は重く、目を閉じることさえ苦痛になっていた。
彼の足元には小さな泥の水たまりがあった。
初日はただの水たまりだった。
だが翌日には、それが膝までの深さになり、さらに数日後には腰、胸、肩、そして顎のあたりまで迫ってきた。
彼は叫んだ。
「誰か、助けてくれ! ここから出たいんだ!」
けれどその街では、誰も叫びに応えない。
なぜなら、他の住人たちもまた、自分の沼に沈んでいたからだ。
街には一つの病が蔓延していた。
「沼に沈む病」。
それは決して外傷を負うわけではない。
けれど、確実に心と体を蝕み、生きる力を吸い取る。
人は食べることを忘れ、眠ることを恐れ、朝が来るたびに絶望し、夜が来るたびに安らぎではなく空虚に包まれる。
旅人はある日、隣人に尋ねた。
「どうやって、ここに来たんですか?」
隣人はかすれた声で答えた。
「気づいたら、ここにいたんだ。
特別なことは何もなかった。
ただ、疲れていた。それだけだよ。」
その言葉に、旅人は恐怖した。
自分も、ただ「疲れていた」だけで、ここに来てしまったのだ。
そして今、自分もまた、誰かに「気づいたらここにいた」と答える未来が見える気がした。
それでも、彼は足掻いた。
泥の中で、少しでも上を目指し、手を伸ばした。
何かにしがみつこうとした。
けれど泥は粘り気を増し、体はさらに重くなる。
まるで意思を持つ生き物のように、彼を引きずり込んでいく。
「もう、やめようか」と旅人は思った。
「戦う意味があるのか?」
そのとき、ほんのわずかだが、空の色が変わった。
長く灰色だった雲の向こうに、青が混じった気がした。
ほんの少し。ほんの数秒。
それだけで、彼はまた手を伸ばす気になった。
希望ではない。
ただの反射だったかもしれない。
でも、その「反射」が、かろうじて彼の息を繋いだ。
底なし沼の街では、「良くなる」という言葉はほとんど使われない。
代わりにこう言われる。
「今日、死ななかった。それがすべてだ。」
旅人もまた、そう呟くようになった。
毎朝、泥の中で目を開け、「今日も、ここにいる」と言い聞かせる。
そして、何もできずに一日を終える。
けれど、それでも彼は生きている。
なぜか? 理由はない。
ただ、生きているという事実が、彼の唯一の証拠だった。
ある日、街に小さな音楽が流れた。
どこからともなく。
優しい旋律だった。
誰かが口ずさんでいた。
旅人は耳を傾けた。
泥の中でも音は聞こえるのだと知った。
「こんなところでも、歌える人がいるのか」
それは驚きだった。
そしてその日、旅人はほんの少しだけ泥の中から顔を上げた。
完全には出られない。
今日も、明日も、しばらくは泥の中だろう。
でも、その日旅人は確かに、ほんの一瞬だけ、空を見た。
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うつの時ってひとりではどうにもならないよね
私は大変だったんだ