今日もうつ病地獄から、今日は少し楽な波がきた
目が覚めたとき、まず感じたのは「あれ、今日は少しだけ、重さがないかもしれない」という微かな違和感だった。
ここ何ヶ月も、いや何年もかもしれない。
朝起きることは地獄の針のようだった。
布団の中で目覚めた瞬間から、鉛のような思考、重力が増したような身体、心の奥から染み出す「生きていたくない」という呪詛。
それらが、一日を始める前にすべてを終わらせていた。
でも、今日は違った。
それがどうしてなのかは分からない。
薬が効いたのかもしれないし、気圧の変化かもしれない。
あるいは、単なる神経の偶然的な誤作動かもしれない。
理由は分からないけれど、「ほんの少しだけ、何かが違う」感覚があった。
それは、決して「元気」とか「やる気」ではない。
そんなポジティブなものではないけれど、少なくとも「地獄の針」が今日は少しだけ鈍っていた。
この感じは、経験したことのある人間にしか分からないかもしれない。
うつ病の渦中にある人間にとって、「少し楽」というだけで、それは奇跡に等しい。
まるで、深海の底に何ヶ月も沈んでいて、突然、少しだけ浮上して水面に近づいたような。
光の筋が見えるかどうかは分からないけれど、「何かが少し違う」。
それだけで、涙が出そうになるのだ。
朝、洗顔をする気になった。歯も磨いた。
シャワーを浴びることができた。
些細なことかもしれないが、これらはここ最近、毎日できていたわけではない。
時には数日間、体を洗えないこともあったし、口の中の不快感さえも感じないくらい無感情な日もあった。
だけど今日は、「やってみようか」と思えた。それだけで、今日は「勝ち」だった。
午前中、窓の外を眺めた。
空が青かった。
雲が流れていた。
街路樹が風に揺れていた。
これらも、数日前なら目に入っていなかったはずだ。
うつ病は世界をグレースケールにする。
色を奪い、音を鈍らせ、感覚を鈍らせる。
でも今日は少しだけ、世界に色が戻っていた。
鳥の声が耳に入ったとき、自分でも驚いた。
「ああ、音が聞こえる」と思った。
普通の感覚を、ひとつひとつ思い出すように。
正午には、少しだけ食事もできた。
最近は食欲もまったくなく、何を口に入れても味がしなかった。
噛むことさえ面倒で、飲み込むことにさえ恐怖を感じていた日々。
けれど今日は、温かいスープをゆっくりと飲めた。
胃が痛くならなかった。心が「これを受け入れてもいい」と言っていた。
そんな些細な体験が、どれだけ貴重か、他人には分からないかもしれないけれど、自分にとっては「生き返った」ような瞬間だった。
午後は横になっていた。
けれどそれは、「絶望で動けない横たわり」ではなく、「少し疲れたから休もう」という自然なものだった。
これも、数ヶ月ぶりの感覚だ。
罪悪感もなかった。
自分を責めなかった。
「今日は少しマシだから、体をいたわってもいい」と、心が少しだけ優しかった。
夜になって、ふと日記を開いた。
久しぶりだった。
今日も書くの辛いかな、と思いながら開いたけれど、こうして「今日は少し楽だった」と書けた。
それだけで、自分にとっては意味のある1ページだった。
つらかった昨日、一昨日、一週間前の黒いページたちに、今日は一つだけ色がついたような気がした。
うつ病は、容赦なく波をぶつけてくる。
地獄のような日が続く。
明日もまた、沈むかもしれない。
今日のこの「楽な波」が永遠に続くなんて、そんな甘い幻想は持っていない。
だけど、それでもいいと思える。
なぜなら、今日というこの1日、「ほんの少し楽だった日」が確かに存在したからだ。
そしてそれは、未来の自分がまた完全に沈んだときに、「かつてこういう日もあった」と思い出すための灯火になる。
完全に真っ暗闇ではない。
遠くに小さな光がある。
そのことを、今日という日が証明してくれた。
どうか、この光がまた訪れますように。
いや、たとえもう訪れなくても、今日のこの感覚は、たしかに「生きていた証」だった。
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医師にタンパク質を摂りなさいと言われたので。
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ひとりではどうにもならない時あるよね
私は大変だったんだ