朝、目が覚めた。
ただそれだけのことが、ものすごく重い。
眠っていたかった。
ずっと。
けれど目が開いてしまった。
生きている。
まだ生きている。
それがもう、悲劇の始まりだった。
何もしたくない。
いや、何かしたいわけではない。
ただ、存在することそのものが苦しい。
息をするのが重くて、体を起こすことができない。
目の前には何もない。
未来も希望も、愛情も意味も。
全部、どこかへ消えてしまった。
いや、最初からなかったのかもしれない。
人は「がんばって」と言う。
優しさなのだろう。それはわかっている。
でも、「がんばる力」がもう残っていない人間に向かって、その言葉はまるで鈍い刃物のように突き刺さる。
「がんばれない自分」は「人間失格」なのだろうか。
「生きる資格がない」と言われているようで、どんどん、自分を追い詰めていく。
死にたい、という言葉が頭に浮かぶ。
けれど、実際に死ぬ勇気もない。
それがまた、自分を責める理由になる。
「どうせ死ねないくせに」「死にたいなんて甘えだ」と、自分の内側の声が責め立てる。
外の世界ではなく、自分自身が一番の敵だ。
逃げ場なんて、どこにもない。
思えば、何がきっかけだったのだろう。
最初の「しんどさ」は、きっと些細なことだった。
「疲れたな」「今日はだるいな」――そんな感情が少しずつ積み重なっていって、いつの間にか、全部の色がグレーに変わっていた。
楽しかったことが、何一つ楽しくなくなった。
誰かと会うのも、笑うのも、食べるのも、風呂に入るのも、すべてがただの義務。
いや、義務ですらない。無理やり引きずられるように、時間だけが進んでいく。
SNSを見ると、みんなが生き生きしているように見える。
家族や友達、恋人と過ごす時間。
仕事での成果。自分磨き。
楽しそうな顔。輝いている人生。
なのに、自分だけが取り残されている。
腐っていく。
心が。
魂が。
誰にも気づかれずに、静かに壊れていく。
病院にも行った。
薬も飲んだ。
カウンセリングも受けた。
でも、それでも変わらない。
自分が壊れてしまった部分に、誰も手が届かない。
「少しずつよくなっていきましょう」と言われても、その「少し」が永遠のように感じられる。
明日が来るのが怖い。
今日が終わらないのが、もっと怖い。
「生きててもしょうがない」――そう感じることが悪なのだろうか?
誰もそんなふうに思ってはいけないのだろうか?
でも、本当に、心の底からそう思ってしまう。
「生きていることに意味がない」
「誰にも必要とされていない」
「自分がいなくなっても誰も困らない」
いや、むしろいないほうがマシだとすら思う。
何度も何度も、心のなかで自分を殺した。
そして、まだ生きている自分を憎んだ。
だから、いま、こうして文章を書いていることすら、苦しくて、悲しくて、惨めで、どうしようもない。
でも、だからこそ、書く。
自分の地獄を、誰かに知ってほしい。
たとえ誰にも理解されなかったとしても、「ここに、こういう痛みを感じている人間がいる」と記録に残しておきたい。
この苦しみは「気のせい」じゃない。「甘え」でもない。
本当に、どうしようもなく、生きることが辛いというだけなんだ。
人は「生きていれば、きっといいことがあるよ」と言う。
その「きっと」が、どれだけ遠いのか、誰も教えてくれない。
今この瞬間、地獄にいる者にとって、その言葉は幻想でしかない。
わたしは、今日も、何一つ良いことがなかった。
そして、たぶん明日も、何もない。
それが、うつという病だ。
もし、これを読んでくれている人がいるなら、お願いがある。
わたしのような人間が、ここにいたことを忘れないでほしい。
誰にも理解されず、誰にも頼れず、それでもただ存在していたことを。
たとえ、わたしがいなくなっても。
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医師にタンパク質を摂りなさいと言われたので。
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私の時にこれらを利用してたら、また違った人生だったかもしれない。
ひとりではどうにもならない時あるよね
私は大変だったんだ