外は晴れているらしい。
カーテンの隙間から洩れる光が、部屋の壁に細く差し込んでいる。
でも、私はその光を見ても、何の感情も湧かない。
ただ、無意味に壁に落ちる模様を眺めているだけ。
光も音も、匂いも、味も、全てが曖昧で遠く、私の存在とは切り離されているように感じる。
部屋の中は静かすぎる。
いや、静かというより、“音が失われた”感覚に近い。
まるで、この部屋だけが世界から隔離されているかのようだ。
人の声も、風の音も、時計の秒針のカチカチという音すらも、ここには届かない。
私は音のない牢屋の中にいる。
自分で選んだわけでも、望んだわけでもない牢屋に、いつの間にか閉じ込められていた。
朝起きて、体を起こすだけでもう限界だ。
いや、起きることすら難しい。
目覚めるたびに、「また今日が始まってしまった」と、心の底から絶望する。
人は普通、朝になれば少しは希望を感じるものなのだろうけれど、私にとっての朝は、ただ地獄の延長線上でしかない。
音のないこの部屋で、私は自分の心の声だけを聞いている。
それは囁きではなく、拷問のような叫び声だ。
「お前には価値がない」
「誰にも必要とされていない」
「生きている意味なんてない」
その声が、私の思考の隙間に入り込み、息をするたびに深く突き刺さる。
耳を塞いでも意味がない。
だって、これは“心の音”だから。
誰にも聞こえず、誰にも届かない音が、私の中で響き続ける。
誰かに話そうとしても、言葉が出てこない。
口を開こうとしても、喉がぎゅっと閉じて、声にならない。
心の奥にある苦しみを言葉に変える力が、私にはもう残っていない。
まるで水中で叫んでいるような感覚。
言葉は泡となって消えていき、誰にも伝わらない。
家族や友人が心配して声をかけてくれる。
でも、彼らの声もまた、私には届かない。
表情を作ることもできず、返事をする気力もない。
私が反応しないことで、相手の表情が曇るのがわかる。
申し訳ない、と思う。
でも、その「申し訳なさ」さえも、どこか他人事のようで、心から湧いてくるものではない。私は、私自身からも切り離されてしまっている。
一日が過ぎる。
何もせず、ただ布団の中で目を開けたり閉じたりしながら、時間が流れていくのを感じる。
テレビもスマホも、本も音楽も、もう私の世界には存在しない。
かつて好きだったものすら、今の私には重く、苦痛にしかならない。
音楽が鳴ると、心が締めつけられる。
あまりにも遠くて、あまりにも届かない。
だから、私は“音”そのものを拒絶するようになった。
そうして、また夜が来る。
眠れるわけがない。
体は疲れているはずなのに、脳だけが妙に覚醒している。
脈打つ思考、過去の後悔、未来への絶望が、交互に私を責め立てる。
真っ暗な天井を見つめながら、「もう終わりにしたい」と何度も思う。
だけど、終わらせる勇気もない。
何もできない。ただ、生きているだけ。
それが、今の私の全てだ。
音のない牢屋の中で、私は自分の影とだけ向き合っている。
外の世界でどんなに笑い声が響いていようと、私には関係がない。
誰かが私の名前を呼んでいても、私は気づかない。
私はもう、ここにいながら“ここにいない”存在になってしまった。
それでも、かすかに思うことがある。
この牢屋にも、いつか鍵が見つかる日が来るのだろうか。
今はその想像すらできないけれど、もし、誰かが外からこの扉を開けてくれる日が来るとしたら。
そのとき私は、もう一度“音のある世界”に触れることができるのだろうか。
その時が来るまで、私はただ、ここで息をしている。
息をしているだけで、何もできなくても、何者でもなくても。
音のない牢屋の中で、私は今日もまた、静かに生きている。
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ひとりではどうにもならない時あるよね
私は大変だったんだ