朝が来るたびに、私は世界とのつながりを一つずつ失っていく気がする。
カーテンの隙間から差し込む光が、なぜか刃物のように感じられる。
静かな部屋に、時計の針の音だけがやけに響く。
何もしていないはずなのに、息をするだけで疲れてしまう。
窓の外では人が歩き、車が走り、世界はいつも通り流れているというのに、私の時間だけが止まったままだ。
うつ病は、静かに、しかし確実に心を蝕んでいく。
誰にも気づかれないように、少しずつ、少しずつ。
声にならない痛みは、喉の奥に詰まったまま。
何度も吐き出そうとしても、形にならない。
代わりに出てくるのは、ため息と涙だけだ。
「頑張らなくていいよ」「無理しないで」
その言葉が、なぜか胸に突き刺さる。
優しさが重荷になる。
もう十分、無理なんてしていない。
むしろ何もできていないのに。
布団から出ることができない日がある。
歯も磨けず、顔も洗えず、冷蔵庫を開けることすら億劫で、空腹すら感じない。
だけど、家のどこかで家族の声が聞こえると、罪悪感だけが腹の底に重く沈んでいく。
彼らは私に何も求めていない。
ただ「生きていてほしい」と願っているだけだと分かっているのに、それすら応えられない自分に、何度も絶望する。
ときどき、心の中で声がする。
「もう消えてしまいたい」
「何もかも、終わらせたい」
その声は、私の声でもあり、そうでないような気もする。
まるで遠いどこかから届く電波のように、時折強く響き、私の心を支配する。
でも、完全には乗っ取らせたくない。
まだ、ほんの少しだけでも、自分の意思を残しておきたい。
病院に行く日、私は自分を演じる。
「どうですか?」と医師に聞かれて、「まあまあです」と笑ってしまう癖が抜けない。
本当は笑いたくなんてないのに。
「苦しいです」「死にたいです」と言えたら、どれほど楽だろう。
けれどその言葉は喉元でひび割れて、うまく出てこない。
うつ病とは、そういう病気だ。
苦しさをうまく伝えられないという苦しみが、さらに上乗せされてくる。
薬は、効いているのかどうか分からない。
副作用ばかりが体に残り、余計に動けなくなる日もある。
でも、飲まなければもっと深いところに沈んでいく気がして、今日も小さな錠剤を喉に流し込む。
その行為ひとつで「自分はまだ、生きる努力をしている」と思いたい。
時折、ほんの一瞬だけ光が差す瞬間がある。
それは、子どもの笑顔だったり、空の色だったり、ふとした友人からのLINEだったり。
そんな些細な出来事が、沈んだ私の心に波紋を生む。
その波紋はすぐに消えてしまうけれど、「何も感じないわけじゃない」という確かな証になる。
私はまだ、人間でいられるのかもしれない。
「何もできない日があってもいい」
最近ようやく、この言葉を少しだけ信じられるようになった。
家事も仕事も、誰かの役に立つこともできなくても、生きているだけで、誰かにとっては意味があるかもしれない。
そう思えるようになるまでに、どれだけの時間がかかっただろう。
でも、その一歩を踏み出せたことを、今日は心の中でそっと抱きしめておこう。
うつ病と共に生きるというのは、毎日、自分の中の“死にたい”と“それでも生きたい”の綱引きに立ち会うようなものだ。
その勝敗はいつも五分五分で、たった一つのきっかけでどちらに傾くか分からない。
だけど、今日もこのブログを書いている自分がいる。
それだけで、きっと大丈夫。
たとえ明日また崩れてしまっても、また文字にすればいい。
何度でも、心の破片を拾い集めて、言葉にしていけばいい。
誰かに読まれなくてもいい。
でも、もし今、これを読んでくれているあなたがいたなら――
「一人じゃないよ」と、心の奥に静かに灯をともしてもらえたなら、それだけで私は救われる。
うつの中でも、誰かとつながれることが、こんなにもあたたかいと、私は知ってしまったから。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
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良かったら読んでいただけたらと思います
少しでも生きる力をみいだせれば幸いです
https://note.com/reimi_tutu/n/nba0d2059f547
医師にタンパク質を摂りなさいと言われたので。
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私の時にこれらを利用してたら、また違った人生だったかもしれない。
ひとりではどうにもならない時あるよね
私は大変だったんだ
