朝が来るのが怖い。
けれど、夜もまた恐ろしい。
この地獄は、いつから始まったのだろう。
もしかすると、何年も前から、私の中に静かに広がっていたのかもしれない。
気づいたときには、もう逃げ道などどこにもなかった。
目覚めた瞬間から重たい鉛のような感覚が身体を押し潰す。
息を吸っても、胸が詰まり、まともに呼吸できているのかさえ分からない。
布団の中から出ることすら一つの戦争だ。
心の中で「起きろ」と命じても、体は微動だにしない。
まるで自分の意思が自分に届かないような、奇妙な切断感。
仕事を辞めてから、日常の「目的」が消えた。
最初のうちは「少し休めば回復する」と思っていたが、そんな楽観はすぐに崩れ去った。
毎日が同じで、どこにも向かっていない。
時間だけが無情に流れ、自分だけが世界から取り残されていく。
時計の音だけが部屋に響く。
テレビの音もうるさく感じ、スマホの通知も煩わしい。
人と会うのが怖くなった。
いや、正確に言えば「人に会っても自分が人間でいられる自信がない」。
笑顔を作れない。
相手の言葉が頭に入ってこない。
返事をしようにも言葉が見つからず、沈黙ばかりが続く。
そんな自分を見て「変だ」と思われるのが嫌で、結局誰とも会わなくなった。
孤独は嫌いだった。
だけど今は、人といるより一人のほうが楽だと感じるようになってしまった。
それでも本当は、人恋しい気持ちもある。
この矛盾が、私をさらに苦しめる。
「誰かと繋がりたいけど繋がれない」――そんな絶望の中で、毎日をただ耐えている。
家族にも心配をかけた。
最初は「頑張れ」「元気出して」と言ってくれたが、それがどれほど私の心に負担だったかは伝わらなかった。
「うつは気の持ちよう」――そう言われたとき、私はもう何も言えなかった。
怒る気力さえなく、ただ、心の底で静かに絶望した。
心療内科にも行った。
薬も飲んでる。
でも、劇的に何かが変わるわけではない。
副作用に苦しんだ時期もあったし、何より「治る」という感覚がまったく持てなかった。
主治医の言葉も、遠くの誰かの声のようにしか感じられなかったが、先生を信じて薬は飲むつもりだ。
カウンセリングは受けてるが、「どうしたいか」という問いにすら答えられない自分に、嫌気が差している。
生きることがこんなに苦しいなんて、知らなかった。
世の中には楽しそうに笑っている人がたくさんいる。
旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、友人と会って会話したり――それが、自分にとってはまるで別世界の出来事のように感じる。
羨ましいというよりは、「自分にはもう無理だ」とどこか冷めた目で見ている。
「死にたい」と思うことは正直に言えば何度もある。
でも、「死ぬ勇気」も、「死んだあと家族が受ける傷」を考えると、それすらもできない。
つまり私は「生きたくもないけど死ぬこともできない」という宙ぶらりんな地獄に閉じ込められている。どこにも出口はない。誰もここには来ない。叫んでも、誰にも届かない。
毎日が拷問のようだ。
食べることも、眠ることも、話すことも、すべてがしんどい。
人間としての機能が、ゆっくりと壊れていくのを感じる。
「これ以上、自分でいたくない」と思う瞬間が何度もある。
けれど、代わりになれる自分などどこにもいない。
それでも、今日もこうして生きている。
心のどこかで「明日は少しマシかもしれない」という希望が、わずかに残っているのだろうか。
それとも単に、惰性で生きているだけなのか。
もう自分でも分からない。
もし、これを読んでいるあなたが同じような地獄にいるなら、あなたは一人ではない。
私もここにいる。
どれほど苦しくても、あなたが今日ここにいてくれたことに、私は心から感謝する。
そして、どうか――どうか、あなたもご自分を責めないでください。
地獄の中でも、いつか小さな光が差すことを、私はまだ信じたい。
たとえそれがどれほど遠く見えても、今は見えなくても、ほんの少しでも「生きていてよかった」と思える瞬間が、未来に訪れる可能性を、私は捨てたくないのです。
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医師にタンパク質を摂りなさいと言われたので。
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私の時にこれらを利用してたら、また違った人生だったかもしれない。
ひとりではどうにもならない時あるよね
私は大変だったんだ
