朝、目覚まし時計が鳴っても、私は起き上がることができない。
身体が鉛のように重く、脳が霞の中に沈んでいるような感覚だ。
寝返りを打つことすら苦痛で、「もう少し寝ていれば楽になるかもしれない」と、何度も何度もスヌーズボタンを押す。
だが、楽になることはない。
うつ病になってから、仕事がまったく手につかなくなった。
かつては毎日出社して、メールをさばき、会議に出て、ミスを恐れながらもなんとかこなしていた業務。
それが今では、パソコンの画面を見ることすら怖い。
メールの受信音が鳴ると、心臓が締めつけられる。
頭の中に「早く返さなきゃ」「サボってると思われる」「仕事ができない奴だと思われる」という声が渦巻く。
けれど、指は動かない。
文章が浮かばない。
読み返すだけで疲れ果てる。
職場に「うつ病です」と伝えた時、上司は「ゆっくり休んでください」と言ってくれた。
しかし、その言葉がどこか空虚に聞こえた。
理解されている気がしなかったし、そもそも「休むこと」にすら罪悪感を抱いていた。
「申し訳ない」「自分だけ怠けている」「他の人に迷惑をかけている」という思考が、休息すら苦しみに変える。
退職した今でも、私は「仕事ができない自分」に毎日責められている。
SNSを開けば、他人の活躍が目に入り、就職・昇進・副業成功といったポジティブな報告が次々と流れてきていた。
それを見るたびに、どんどん自分が小さく、無価値な存在に思えてくる。
まるでこの社会の中に、私の居場所はどこにもないかのようだった。
「甘えているだけだ」「気の持ちようだ」「仕事しなきゃ治らないよ」。
こうした言葉は、身近な人からも飛んでくることがある。
悪気はないのだろう。
でも、うつ病の人間にとって、それはナイフのように鋭く突き刺さる。
誰よりも自分自身が「甘えているのでは」と自分を責めているのに、それを他人からも言われると、もう逃げ場がない。
私は、仕事ができないことで、自分の存在そのものが否定されている気がしていた。
日本社会では、「働くこと」が「価値」と直結している。
働いていない人間は、どこかで「ダメな人」「社会のお荷物」と見なされがちだ。
だから、働けない私は、無価値だと思い込んでしまう。
ただ、一つだけ言いたいのは、うつ病で仕事ができないことは、怠けではないし、弱さでもないということ。
うつ病は、脳の病気だ。
神経伝達物質のバランスが崩れ、自律神経も乱れ、心と身体が機能不全に陥る。
風邪を引いた時に高熱が出て動けなくなるように、うつ病の時も思考力や判断力、集中力が著しく低下し、何もできなくなる。
それは、意思の問題ではない。
うつ病になってわかったのは、「健康であること」は奇跡のような状態だということだ。
朝きちんと起きて、仕事に行き、タスクをこなして、同僚と会話して、帰って夕食を作る。
そんな当たり前のことが、どれほど尊く、ありがたいことだったのかを、今になって思い知らされている。
今は、何もできない。
でも、それでいいと思いたい。
呼吸しているだけで、今日は頑張っている。
シャワーを浴びた、それだけで十分。
食事ができた、それだけで前進している。
そうやって、一歩ずつ自分を認めていかなければ、生きていること自体が苦しくなってしまう。
「仕事ができない自分」を責めるのではなく、「生きているだけで十分」と言ってあげられるようになりたい。
社会がどう評価しようと、私は私。
壊れてしまった身体と心に、鞭を打つことをやめよう。
うつ病で仕事ができない日々は、本当にしんどい。
何度も、すべてを終わらせたくなった。
最終的に退職したけれど、どんなに絶望しても、少しずつでいいから、「生きる」ことだけは手放さずにいたい。
今は何もできなくても、いつか必ず、少しずつ光が差す日が来る。
そう信じることだけは、今の私にもできる。
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医師にタンパク質を摂りなさいと言われたので。
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ひとりではどうにもならない時あるよね
私は大変だったんだ
