
もう頑張れない。
これは宣言じゃない。愚痴でもない。
事実の記録だ。
朝起きた瞬間から、もう力が残っていない。
気合も希望も、昨日で使い切ったわけじゃない。
何年も前に、とっくに底を打っている。
「少し休めばいい」
「みんな大変なんだ」
「まだやれるでしょ」
その言葉を聞くたびに、体のどこかが削れていく。
頑張れない理由を説明する気力すら、もうない。
説明できないから怠けていることにされる。
声を出せないから、存在しないことにされる。
もう頑張れない人間は、社会の想定外だ。
努力を前提に作られた世界で、
努力ができない人間は、バグみたいに扱われる。
何もしていないように見えるかもしれない。
でも本当は、
生きているだけで、限界を超えている。
呼吸を続けること。
今日をやり過ごすこと。
自分を責めすぎないように耐えること。
それだけで、全力だ。
夢も目標も語れない。
前向きな言葉は喉で詰まる。
「これからどうしたい?」と聞かれるのが、いちばん怖い。
もう頑張れない人間にも、記録は残る。
声にならない日々も、確かにここにあったと書き残す。
役に立たなくても、立派じゃなくても、
崩れたままの自分を、そのまま置いておくために。
これは再生の物語じゃない。
立ち直りの話でもない。
ただ、もう頑張れない人間が、
それでも今日を生きたという、静かな証拠だ。
——ここにいる。
それだけを書いておく。