
扉は、勝手に閉まった。
――ギィィ……ン。
振り返った瞬間、もうそこに出口はなかった。
さっきまで確かにあったはずのドアは、壁と同じ色に溶け込み、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
静かすぎる。
耳鳴りだけがやけに大きく響く。
自分の呼吸音すら、他人のもののように遠く感じた。
「……誰か、いるのか」
声は吸い込まれた。返事はない。
だが、確かに“何か”はいる。
視線。
背中にまとわりつくような、重たい気配。
振り向いても、何もいない。
けれど、振り向いた“後ろ”に、それは移動している気がする。
廊下の奥に、古びた鏡があった。
引き寄せられるように近づくと、そこには自分が映っている――はずだった。
違う。
少し、遅れている。
自分が瞬きをしてから、鏡の中の“それ”がゆっくりと瞬きをした。
口元が、わずかに歪む。
「……誰だ、お前」
その瞬間、鏡の中の自分が笑った。
自分は、笑っていない。
なのに、鏡の中だけが――歪んだ笑みを浮かべている。
ガンッ!!
背後で大きな音がした。
振り返る。
誰もいない。
もう一度、鏡を見る。
――いない。
そこに映るべき“自分”が、消えていた。
代わりに立っていたのは、
自分ではない「何か」。
それは、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。
鏡の“内側”から。
ガラスの表面が、波のように揺れた。
「来るな……!」
叫んだ瞬間、手首を掴まれた。
冷たい。
生きているものの温度じゃない。
振りほどこうとしたが、力が入らない。
まるで、自分の体が自分のものではなくなっていくようだった。
鏡の中の“それ”が、囁いた。
――「代わって」
その声は、完全に自分の声だった。
次の瞬間、視界が反転した。
気づくと、自分は鏡の中にいた。
外側にいる“自分”が、こちらを見ている。
いや、それはもう自分ではない。
にやり、と笑う。
そして、ゆっくりと背を向け、闇の廊下へと歩いていった。
置き去りにされたのは、
本当の自分だった。
叩いても、叫んでも、声は外に届かない。
ただ、ガラスの向こうで、
“自分だったもの”が自由に歩いていくのを見続けるしかない。
この館は、出口なんて最初からなかったのかもしれない。
――あるのは、入れ替わるための場所だけ。
静かな絶望が、ゆっくりと心を侵食していく。
次にここへ来るのは、
「誰」だろうか。
こういう夢をよくみるんだ。
怖い・・